ザ・パーフェクト・ドラッグ〜ヴァージョンズ

ちょうど3年前の10月も今日のように月が高く明るい夜だった。

僕は銀色の小さな車に乗り、国道58号線を那覇市に向けて走らせていた。
海邦銀行本店前の大きな十字路にさしかかった時、信号機が赤色を知らせた。
信号待ちの一番先頭に車を止めた僕は、交差点を行き交う人々を何となくボンヤリと眺めた。
思ったよりも外の空気は冷たいらしく、襟を立て両肩を摩るように歩く人や、互いの温もりを確かめるように寄り添う恋人達が、交差点を急ぎ足で渡っていった。
僕もその冷たい空気を感じたくて、窓を大きく開けた。開けると同時に、ピンっと張った冷たい空気が車内に一斉に流れてきた。その心地良さに、しばらく窓を開けていることにした。

心地良い風を体全体で感じ、これからの時間がきっと楽しくなりそうだ、とそんな予感に浸っていると、車の外で誰かを呼んでいるような大きな声が聞こえてきた。
心地良い気分を少し邪魔されたように感じた僕は、そろそろ窓を閉めようかとパワーウインドウのボタンに指をのばした。と同時に、その声がどこから聴こえてくるのかも確かめたくなり回りを見渡した。

以外にも、その声は隣の車から聞こえており、しかも、僕に向かって呼びかけているようでもあった。
その車には、外国人の男性と女性の二人が乗っていたが、僕には全く覚えのない顔であった。
気のせいだろうと、窓を半分程閉めた時、隣の車の助手席に乗る女性が僕に向かって大きく手を振ってきた。
僕に向かってのサインである事は間違いなかった。

少し不安に思いながらも、その男性と女性に目をやると、二人は笑顔で僕に向かって何か言っているようであった。
僕は、もう一度窓を大きく開き、何と言っているのか聞き取れないという意思を身振り手振りで伝えた。
「・・・MUSIC!」
「ミュージック?」
「NICE MUSIC!」
彼らは、僕の車から流れている曲が素敵だと言いたいようであった。
「ディス ミュージック?(This Music?)」
「YES THIS MUSIC!」
僕は、ダッシュボードを開き中からCDケースを取り出し、彼らに見えるように窓から手を伸ばした。
「ナイン・インチ・ネイルズ」
伝わるかどうかは分からないが、僕はそう声をかけた。
「Nine Inch Nails?」
僕が言った単語と同一の単語とは思えない流暢なイントネーションが返ってきた。
「イエス」
僕は言った。

気が付くと信号機は発進を許可する青色に変わっていた。
僕と隣の車はほぼ同時に前へと進みだした。
「Thank You!」
隣の車から笑顔で手を振る二人の姿が見えた。
もう一度何か言葉を言ったようだったが、僕には聞き取れなかった。
僕の車はまた南へ向けて走り出し、彼らの車は右折のための車線へと入っていった。

僕は、大きく開けられた窓へと流れてくる冷たい空気を感じながら、「ユーアーウエルカム」と小さくつぶやいた。

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と長々と物語り風に書いてみました。
僕はこの曲にこんな思い出があります。
だから、冷たい風が心地良い月の明るい週末の夜は、何となくこの曲を聴きたくなります。