クラッシュクラッシュ
著者:馳 星周
販売元:徳間書店
(2003-08-26)
販売元:Amazon.co.jp
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Tairaオススメ度:★★★

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暴力と死。心の中でふつふつとたぎる暗い情念の世界。
社会の底辺でうごめく人間たちの描写では、おそらく右に出る者のいない馳星周の短編集である。
1996年『不夜城』で衝撃的なデビューを果たしてから、社会や人間性の暗部をえぐり出す作品を次々に発表しているが、本書に収められた8本の短編の登場人物たちも、理性のたががはずれ、情動に引きずられてぼろぼろの人生を歩んでいる人間たちばかりである。
安っぽいヒューマニズムに唾を吐きかけ、世の中に呪詛(じゅそ)を叩きつけるような作品世界だ。
誤解のないよう言っておきたいが、ここに描かれる暴力は娯楽のための暴力ではない。
愛を拒まれ、孤独に身を灼かれ、屈折しきった人間が追い詰められた末に暴発したものであり、そうした精神の暗黒にメスを入れることこそ、本書の主眼なのだ。

たとえば、「溝鼠」は、借金を作り、ヤクザに脅されているヤクの売人が主人公である。
借金返済のために金持ちの娘に取り入り、ヤク漬けにしたあげく、ヤクザにあてがう男の心の暗黒、破滅に向かいながらも、ひたすら流されていくだけの男の虚無に、読む者は慄然とした思いを味わうとともに、心の奥底で暗い不定形のものが男の闇と共振するのを感じて落ち着かなくなる。
「ちっぽけな良心が疼く」が「良心に従っても、現実は変わらない」どん底にたたき落とされた男の圧倒的な存在感。
ざらついた現実感がひりひりと胸に迫る。

「マギーズ・キッチン」は、『不夜城』の世界を髣髴させる。
売れないホストの遠山は、ふとしたことからマレーシア人の女性が経営するレストランで働くことになった。
客はアジア系の人間ばかりで、中国マフィアも常連だった。
ある日、遠山は見てはならないものを見てしまい…。
ストーリーのおもしろさもさることながら、得体の知れないものがうごめく猥雑な大都市の臭いや音が行間から滲み出てくるところなど、まさに馳星周の独壇場だろう。

どの短編も、激しい音楽が鳴り終わった後の静寂に身を浸し、余韻を味わうような読後感だ。
馳星周の魅力がぎっしりと詰まった短編集である。
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